2017-06-15

ぴさんパパの畑





Ciao!ぴさんパパの畑を始めました。実は畑を耕すなんて初めてかもしれない。と思いつつお手伝い。大人3人でも一日中かかって畑半分を終わった感じ。トマトの苗はNonaが種から育てたもの。本当Nonaは働き者で感心します。ほぼ毎週会いに行ってるんだけど、日を追うごとに綺麗に日焼けしていて、Nonaも畑で毎日お仕事してるんだろうなと思う。そして手作りのワインを豪快に飲むのだ。憧れの女性。10人目のひ孫が生まれたばかりで、今年は2人生まれる予定なので合計12人のひいおばーちゃん。いや本当素敵です。
ピパパの畑には豆数種類、ナス、トマト、ズッキーニ、ネギ、リーク、パセリ、バジル、セージ、えごまの葉、シソ、大根、ケール、アルッゴラ。あとは忘れちゃった。
次の日うさぎ避けの柵も作ってあとは成長を見守るだけという。畑仕事憧れてたけど本当に重労働。汗すごいかくし、蚊もすごいし。手作り蚊よけスプレー作って。水、ゼラニウム、ミント、ラベンダーの精油を混ぜて。効いていることを祈る。
ぴさんぱぱとか、ぴさんに小学校の時芋掘りとか田植えの授業あるんだよと話した。カナダの学校ではそういうのないみたいね。私が行ってた小学校は普段給食で芋掘り体験とか、課外授業の時だけお弁当。ママの弁当を楽しみにしてたのを思い出す。

Jamie Oliver Food Revolution というドキュメンタリーを数年前に見た。アメリカの学校給食を変えようという番組。例えば、ビーツ、スイートポテト、トマトなどの野菜を見せても子供たちなんの野菜か答えられないの。プロセスされた物しか口にしてないから。かなり自分にとっては衝撃だったけど、それが現実なんだよね。だから日本の小学校の時に受けた課外授業は大事だなって思った。なにも知らない状態だと〝料理をする″ということに興味を持つチャンスすらない気がするから。

去年ブログで書いたけど、オタワのオーガニックファーマーのくみこさん、コリンさんの畑に遊びに行かせてもらったことがある。くみこさんたちは夏定期的に畑体験を子供たちのために開いていてそこにお邪魔させてもらった。夏の終わりころだったんだけど枝豆の収穫のお手伝いをして、みんなで一緒にピクニック。くみこさんとコリンさんには娘さんがいるんだけど当時2歳だった彼女が枝豆をおいしそうにパクパク食べている。私将来はこうやって自然の中で子育てしたいなと思った。ねこを追いかけ回して片手で抱き上げて、美味しいの採れたての野菜をお腹いっぱい食べて。

あとここシムコに引っ越して来てから思うことが多くて。ここのシムコエリアはNorfolk といって大型(?)の農家がたくさんあって野菜の産地。夏になると直接農家で販売したりしていて、そういうところからコーンを買ったりストロベリーを買ったりするのは楽しみ。そういうものはオーガニックじゃなくて大型の農家が直接販売をしてるという意味。

毎週木曜日にやっているシムコのファーマーズマーケットに行ってきた。いつも行くとロコのブッチャーとかベーカリーが参加してて。わーうれしいここにきたら毎回買えるのねと思った。そういうのは本当に嬉しかったんだけど。半分は本当にロコのファーマーさんなんだと思う。でも中にはアメリカ産、ブリティッシュコロンビア産などを置いてあるところもあって、ふーんなるほど。正直がっかりした。まったく文句を言うつもりはないけど、本当にがっかりしたんだもん。
ぴさんパパがいうにはそういうお店の人は色々なファーマーズマーケットを毎日回って仕入れたものを売るのが仕事なんだよと教えてくれた。なるほどね。このファーマーズマーケットで買い物をするときは、お店をえらぼうと思った。お金を使うんだからロコのファーマーさんから買いたいもんね。

シムコでは残念ながらオーガニックファームは見つけられなかった。非常に残念。オタワ、ガティノ、トロントとか大都市に行かないと消費者がいないのかな。って勝手に答えを見つけました。多分そういう理由だろうな。まあ人それぞれ考えもあるし。今年の夏はぴさんパパのの庭から採れたての野菜をたくさん食べるよ。


ラベル:

2017-06-04

あやのより愛を込めて

陶芸の窯焼き後、焼きあがった作品を窯から出す前にアートショーの準備。掃除はすっごい大変だけど陶芸のデコレーション楽しいのう。もともとオーガナイジングとか好きなんだ。忘れてた。ということでクローゼットから着物の生地を出してきてデコレーションに使ったり、藤でできた大きなザルにカップを飾ってみたり。ピパパもすべて私に任せてくれるからとても楽しかった。彼は根っからのアーティストでね、陶芸を作ること以外は対してなにも気にしてないんだと思う。大げさなデコレーションはしなかったけど、テーブルクロスとか心ゆくまでピチーーーんてさせてくれてありがとう。って思った。気持ちいいんだ。うーんぐちゃぐちゃでもピパパがいいならいいんだけど…陶芸が100倍綺麗に見えるようにピチーンとテーブルクロスを引くのもありかなと。そしてマスターピースが映えるように小物類には布をひいてみたりザルを置いてみたり、ピパパ作の折り紙の鶴を置いてみたり。
やり終えた時には達成感と疲労でヘトヘトだった。陶芸の工房とショールーム合わせるとけっこう広いからね。とにかく私の仕事と情熱はわーっとパッと終わったのだ。
アーティストとして行きていくってやりがいのある、情熱を注ぐ部分はほんの10パーセントで(ピパパ、ぴさんで言うと陶芸を作ること)そのほかたくさんはどこのショーに参加する、ユニオンに入って色々な人間関係、お客さんと話すとかなんか大部分はやりたい仕事で生きていくための裏仕事というか。実際の陶芸っていう要素はあまりはいってないと思った。
でもでも、やりたいことを仕事にするって本当に素敵だなって思う。

はじめてこのピパパの陶芸スタジオに来てから4年くらい経つけど、ピパパ、ぴさん共に進化し続けていて、やっぱり日々の勉強だとか常に新しいことに挑戦し続けることだとか。自然が豊かなところでの生活で四季を感じるだとか。うん。なにに愛情を注ぐだとか。日々の色々なものが新しい作品のインスピレーションになって、どんどん新しいスタイルに挑戦し続けているなと感じる。



前置きが長くなってしまった。今日はまた村上春樹の「ねじまき鳥クロニクル」について気づいたことについて話したいなと思ったんだ。
村上春樹は好きな作家でま、新作、古い作品限らず読むか。と気が向いたら1度読んだこともある作品も含めて、たまに読みたくなってどっぷりあの不思議な世界にはまりたくなる。このねじまき鳥クロニクルは、はじめて出版されて20年くらい経ってると思うけど、去年初めて読んだの。ぴさんのお気に入りということで。他の数々の作品通り数々の疑問を残して、あっという間に読みきったんだけど。物語にでてくる間宮中尉の戦争時代の満州で起きた出来事。を語る長い何章にもわたる話が出てくるんだけど。リアルな描写と、登場人物の色濃さとで脳裏に焼き付いてしまって、スタックインマイマインド。

読み終わってから何ヶ月、ほぼ1年経つけど散歩してる時とか、多分瞑想のコースに参加してた時もふとした時間のある時に思い出して。なんだったんだろう、どういう意味だったんだろう。裏の裏の意味があって表みたいな。とにかくなんの意味もないかもしれないけど、なにかの意味が込められている気がして。

たまにはぴさんからもふとした瞬間にあの作品の好きなところはね、登場人物が、東京のどこかに住んでいるという現実感が好きみたい。井戸に入るもんねあの人とそういう感じで私たちの会話に自然にはいっってくる村上春樹作品。

はいそれではようやく言いたいことを書くよ。

陶芸のショー初日を終えてヘトヘトのぴさん。ふいにUnit731知ってる?と聞かれて。私は知りませんよと答える。第二次世界大戦中の日本兵が人体実験を満州で行なっていた。きっとわかりやすくいうとナチスがユダヤ人を大量虐殺していたのと同じようなことをしていたということ。しかもこの軍所属の医者は、アメリカにその人体実験の結果をアメリカに渡すという条件でなんの罪にも問われずにいたということ。

ぴさんに聞かれるまでそんなことがあったなんて知らなかったし。この人の存在も中国の市民を大量に殺していたことも。罪もない人たちの命を使って実験を行っていたことがるなんて。

私の傾向としては辛いもの、苦しいものからは目を背けるという癖がある。この事をもしかしたら日本の学校の現代日本史で勉強していたかもしれないけど、教科書を覚える程度だったのか、深く知りたくなかったのかそれとも今の今までまったく聞いたことがなかったのか、自分でもわからないけど。そのUnit731のことについては初めて聞いた。

ぴさんがその事について、やっぱり日本人は歴史を振り返らないで隠す、新しい世代には教えないとしてると思う。とか彼の意見をのべつつその人体実験が具体的にどういうものだったのかという話をした。その話、ねじまき鳥クロニクルにでてくる物語と舞台同じ場所だなと気がついて。中国東北部とか、ハルビンとか、川を境に蒙古の土地だとか。詳しくは覚えてないけど、小説にでてきた間宮中尉の物語を思い出しながらほう…ほう。と実際のインターネットにでてくる記事からの情報と、小説を読んだ時に私の中で出来上がっているイメージが湧き上がってきて。

日本語のUnit731について読み進めると、その軍所属の医者たちは隠語で実験をする人間を隠語で丸太と読んでいたらしい。丸太。丸太。マルタ。加納マルタ。

あ。村上春樹このことについて日本人たちに向かって、こんな残虐なことが行われたんですよ。という意味が込められていたんじゃないかと急に納得してしまった。線と線が繋がったというか、かなり自分の中でしっくりきてしまって。

加納マルタは主人公の前に突然あらわれる占い師みたいな人。小説の中で加納マルタの妹もでてきて名前はクレタ。もうてっきりあの地中海の島マルタ島とクレタ島とばかり思っていて。でも本当はマルタ=丸太 ということなのかもしれない。

実際私はその人体実験のことも知らなかったし、その軍所属の医者たちが、被害者たち(人間だと思ってなかったんだと思う)を丸太って読んでたという残虐な歴史を風化させないために小説に意図的にいれたんじゃないかなと思う。誰がなんと言われようと私はこれで納得した。

目を背けちゃいけない歴史の1つだと思う。ウィキペディアだけどリンク貼って起きます。

村上春樹が好きな人、ねじまき鳥クロニクルが好きな人、このブログを読んでくれた人。もう一度考えてみて。目を背けちゃいけないことも自分を守るために自分の心が傷つかないために見ない、聞かない、閉ざしてきたとこってたくさんあると思う。

時間やタイミングはあると思うけど目を開いて見なくてはいけない事ってあるんだよ世の中には。

あやのより愛を込めて。(ジェームスボンドの映画のたいとるみたいだなふふ)





ラベル:

<data:blog.pageTitle/>

This Page

has moved to a new address:

http://thechichidiary.tokyo

Sorry for the inconvenience…

Redirection provided by Blogger to WordPress Migration Service